目の前のボタン
シナリオ情報
- 推奨プレイ時間: 5分
- 難易度: テスト用(難易度なし)
- テーマ: デバッグ、動作テスト
あらすじと登場人物
目の前にある謎のボタンを押すか押さないか。システム動作テスト用の極めてシンプルなシナリオです。
主な登場人物(NPC)
- システムAI: ボタンの挙動を監視する存在。
このシナリオの特徴と見どころ
ダイス判定やシステムプロンプトの動作確認を行うために最適化されたシナリオです。
プロローグ / リプレイ
たった一つ、そこに「それ」があるという事実が、僕の精神を恐ろしく削り取っていく。
部屋は白い。圧倒的に、暴力的に、白だ。壁も、床も、天井も。継ぎ目など一つもなく、陰影すら存在しない。まるで自分が巨大な豆腐の中に閉じ込められたかのような、あるいは巨大な白紙のど真ん中に、一滴のインクを落とされるのを待っているかのような、そんな根源的な不安を煽る空間である。完全なる無。完全なる空白。世界からあらゆる意味が剥奪されたような、この無菌室じみた空間において、そいつは確固たる意志を持って存在していた。
部屋の中央、真っ白な台座。そしてその上に鎮座する、下劣で、卑小で、それでいて絶対的な支配力を放つ、真紅の存在。
大きな赤いボタンだ。
「押してくれ」と言わんばかりの、否、「押さずにはいられないだろう?」と人間の根源的な好奇心と破壊衝動を嘲笑うかのような、丸みを帯びた赤いプラスチックの塊。見ているだけで網膜が焼けるようなその赤色は、この狂った無の空間において、唯一の「意味」であった。
押すか、押さないか。
選択肢は常に二つに一つだ。だが、その二択は等価ではない。行動と不作為。生と死。有と無。僕は思考する。このボタンを押すという行為は、果たしてどのような因果律を起動させるのか。世界を吹き飛ばす最終兵器の起爆装置か、あるいは僕自身の脳髄をショートさせる電気ショックのスイッチか。どちらにせよ、まともな結果が待っているとは思えない。
僕が呆然と立ち尽くしていると、不意に、赤いボタンがチカチカと脈動するように点滅を始めた。
同時に、僕の脳内に無機質なカウントダウンが響き渡る。猶予は3ターン。つまり、僕に許された思考の猶予は、あと3回の呼吸分しかないということだ。
僕は脳味噌をフル回転させる。もし、このまま僕が何もしなかったら?
容易に想像がつく。おそらくは、ある種の虚無的で滑稽な結末が待っているに違いない。たとえば、カウントがゼロになった瞬間、ボタンが「ポンッ」という間抜けで気の抜けた音と共に破裂し、中から無数の安い紙吹雪が舞い散る。そして、何処からともなく現れた『FIN』と書かれた看板が、天井からぶら下がってくるのだ。周囲には、誰のものでもない残念そうな空気が漂い、僕の「不作為」という選択が、ただの茶番劇として嘲笑される。
何も選ばなかった者は、何の意味も得られない。それはそれで、一つの結末なのだろう。しかし、そんな三文芝居のような虚脱感に満ちたエンディングを、僕のプライドが許すはずがなかった。何も選ばずに終わるくらいなら、いっそ自らの手で破滅を引くべきだ。
残り1ターン。
点滅が激しさを増す。赤い光が、僕の理性を焼き切ろうとしている。
「……ええい、ままよ」
僕は、半ば自暴自棄になりながら、右手を振り下ろした。
手のひらが、冷たいプラスチックの曲面に触れ、そのまま体重をかけて押し込む。カチリ、という小気味良い抵抗感が指先に伝わる。運命の分岐点を越えた確かな感触。
まさにその時だった。
――カチリ、という音が鳴るはずだった瞬間に、僕の鼓膜を物理的に破壊しかねないほどの爆音が轟いた。
視界が、爆発した。
真っ白だった部屋全体が、狂ったような虹色の光に包まれる。極彩色が渦を巻き、空間そのものがゲロを吐き出したような暴力的な色彩が目に突き刺さる。そして鳴り響くのは、ティンパニの猛烈な連打と、空気を切り裂くトランペットのけたたましい咆哮。それは、品性を完全に欠いた、大音量のファンファーレだった。
「な、なんだ……!?」
天井が消滅し、壁が弾け飛ぶ。いや、幻術の類ではない。文字通り、世界が一瞬にして切り替わったのだ。
僕の目の前に広がっていたのは、見渡す限りの巨大なパーティー会場だった。無数のミラーボールが乱反射し、紙テープが舞い、シャンパンタワーが輝いている。そして、その空間を埋め尽くす見知らぬ群衆。
「おめでとう! おめでとうございます!」
歓声。
拍手。
熱狂。
群衆の中から、タキシードを着た見覚えのない男――おそらくはこの狂った空間を支配する『ゲームマスター』というやつだろう――が、満面の笑みで飛び出してきた。
「素晴らしい! よくぞボタンを押してくれました! これぞまさに『サプライズ・ハッピーエンド・シミュレーション』! 君の勇気ある決断に、最大級の祝福を!」
男は僕に歩み寄り、有無を言わさず僕の体を力強く抱きしめた。むせ返るような香水の匂い。熱いハグ。そして次の瞬間、僕は大勢の手によって軽々と持ち上げられ、宙へと放り投げられていた。
「わっしょい! わっしょい!」
胴上げである。
宙を舞いながら、僕は眼下に広がる狂喜乱舞の群衆を見下ろした。誰もが笑っている。誰もが僕を祝福している。圧倒的な肯定。圧倒的な幸福。
――ふざけるな。
僕は、宙に浮きながら、内なる精神の奥底で絶望的なまでに冷え切っていくのを感じていた。
なんだ、これは。
僕の葛藤は? 僕の苦悩は? 3ターンの間、不作為と決断の狭間で揺れ動いた僕のあの緊迫した思考は、一体何だったというのだ?
彼らは、僕を祝福しているのではない。ただ『ボタンが押された』という事象に対して、プログラムされた幸福を出力しているだけだ。そこには僕の意志への敬意も、個人の尊厳も存在しない。強制的なハッピーエンドの押し売り。画一的な『幸福』という名の暴力による、精神の蹂躙。
嫌だ。
僕はこんな結末を望んでいない。
僕の魂は悲鳴を上げ、この胸焼けがするような狂気のパーティーから逃げ出そうとしていた。
だが。
「あははっ! 最高のボタンだ!」
僕の口が、勝手に動いた。
僕の声帯が、僕の意志を完全に無視して、歓喜の叫びを上げたのだ。頬の筋肉が痙攣し、僕の顔にこれ以上ないほど満面の、輝くような笑顔を貼り付ける。脳内のシナプスに何らかの化学物質が強制的に分泌され、抗いようのない多幸感が僕の自我を塗りつぶしていく。
「最高だ! 心から楽しくて仕方がないよ!」
僕は笑う。笑い続ける。
自分が自分でなくなっていく恐怖に泣き叫びたいはずなのに、肉体は完璧なハッピーエンドの主人公として振る舞うことをやめない。
悲劇的なバッドエンドなど、まだ救いがあったのだと今ならわかる。
個人の自我を完全に書き換えられ、思考を奪われ、与えられた幸福をただ貪るだけの豚に成り下がる。これ以上の地獄が、これ以上の決定的な敗北が、この世にあるだろうか。
かくして僕は、熱狂の渦の中で胴上げされながら、最高に楽しくて仕方がない永遠の一日を過ごすのだった。
GMからのプレイアドバイス・分岐解説
【アドバイス】 ボタンを押す、破壊する、話しかけるなど、様々なアクションに対するAIの反応をテストしてください。