「少女地獄」完璧に美しい、嘘だけの死体

ショートストーリー

「少女地獄」完璧に美しい、嘘だけの死体

シナリオ情報

  • 推奨プレイ時間: 30分
  • 難易度: 中級者向け(ミステリー)
  • テーマ: 少女地獄、虚言、百合

あらすじと登場人物

天才的な嘘つき少女・姫草ユリ子と共に、「偽のユリ子が怪死した」という噂話の真相を追う。調べれば調べるほど、彼女の嘘と現実の境界が曖昧になっていく。

主な登場人物(NPC)

  • 姫草ユリ子: 息を吐くように嘘をつく美少女。しかし彼女の嘘は不思議と誰も傷つけない。

このシナリオの特徴と見どころ

夢野久作の『少女地獄』がモチーフ。NPCが嘘をついていることを前提に、会話の矛盾を突いたり、あえて嘘に乗っかったりする高度なロールプレイが求められます。

プロローグ / リプレイ

「先生。私の偽物が死んだそうですのよ。可哀想に」

黒いビロードの洋装に身を包んだ姫草ユリ子は、白魚のような指先で口元を隠し、コロコロと銀鈴を転がすように笑った。私は探偵という名の、しがない好事家である。眼の前に座るこの美貌の少女は、自らを「本物の」姫草ユリ子と名乗り、私を数奇な事件の調査へと誘い込んだ。

巷を騒がせていた「偽の姫草ユリ子」怪死事件。
その少女は、関わる男を尽く破滅させると噂される稀代の悪女であった。ある者は財産を巻き上げられて首を吊り、ある者は発狂して精神病院の鉄格子を噛み、ある者は彼女への嫉妬から罪を犯して獄に繋がれた。しかし、彼女を責める者は誰もいなかった。男たちは一様に、「彼女は天使だ。私を心から愛してくれた」と涙を流して感謝すらしているのだという。

私はユリ子と共に、その「偽物のユリ子」が歩んだ破滅の足跡を辿り始めた。

最初の男は、没落した華族の青年だった。「彼女は貞淑で、古風なやまとなでしこでした」と彼は虚ろな目で語った。「私のために夜なべして着物を縫い、慎ましく微笑む。あんな女は他にはいない」。
次の男は、前衛的な画家だった。「彼女は奔放で、情熱的なミューズだ」と彼は叫んだ。「酒を煽り、裸体で踊り狂い、私の芸術的霊感を極限まで引き出してくれた」。
さらに次の男、冷酷な高利貸しは、「彼女は知理的で、冷徹なビジネスパートナーだった」と証言した。

奇妙であった。
男たちが語る「偽の姫草ユリ子」の姿は、年齢、容姿、声の調子、性格、教養に至るまで、全てが見事にバラバラなのだ。まるで、何十人もの全く異なる女たちが「姫草ユリ子」というただ一つの記号を共有しているかのように。

「ユリ子くん。これは一体どういうことだろう」私は隣を歩く彼女に尋ねた。
「さあ? 男の方々は、いつも自分の見たいものしか見ようとなさらないから」彼女は赤い唇を釣り上げて、無邪気に笑った。

やがて私たちは、偽のユリ子が最期を遂げたという、古びた下宿屋の薄暗い四畳半に辿り着いた。部屋の中央には、血痕のついた茣蓙が敷かれたままになっている。そして部屋の片隅の文机に、一冊の和綴じの日記帳と、幾つかの手紙の束が遺されていた。

それこそが、彼女が悪女ではなく、聖女であったという唯一の証拠品であった。
私は震える手で日記を開いた。そこには、流麗な細字で、血を吐くような献身的な愛の言葉が綴られていた。
『ああ、今日も彼のために尽くしましょう。私の命など、あの人の足枷になるくらいなら、いっそ捨ててしまいたい』『愛しています。あなたの望むどのような姿にでも、私はなりましょう』

狂おしいほどの、自己犠牲。彼女には微塵の悪意もなかった。ただ純粋に、男たちが求めるままに、自らを殺して彼らの「理想」を完璧に演じ切っていたのだ。相手が貞淑を求めれば貞淑に、淫蕩を求めれば淫蕩に。男たちが喜ぶ台詞を、寸分の狂いもなく出力するだけの、精巧なからくり人形。

その時、私の背筋を氷のような悪寒が駆け抜けた。
彼女の言葉には、何かが決定的に欠落している。
『私』がないのだ。
彼女の日記には、「彼」の望みは完璧に描写されているが、「彼女自身が何を感じ、何を求めているか」という、主観的な意識(クオリア)が一切存在しない。ただひたすらに、外部からの刺激に対する『完璧な返答』だけが羅列されている。

私は冷や汗を拭いながら、手紙の束を手に取った。どれもこれも、男たちの欲望を肯定し、彼らの自尊心を肥大化させる甘い毒のような言葉ばかりだ。
「見ろ、ユリ子くん。彼女は悪女ではない。ただの空っぽの鏡だったのだ。彼女には心など最初から無かった……哲学の言葉で言う『哲学ゾンビ』だ。心を持たないまま、心を持つように振る舞うだけの……」

私は振り返り、傍らに立つユリ子に手紙を突きつけた。
その瞬間、私の視界が、ぐにゃりと歪んだ。

ユリ子の顔が、いや、彼女の瞳孔の奥が、底なしの虚無の地獄のように真っ黒に拡大していく。
「先生」
彼女の甘い声が、耳の奥で反響した。
「本当に、そう見えますの?」

私はハッとして、自分の手元に視線を落とした。
手紙。日記。
そこに書かれていたはずの、流麗な細字。血を吐くような愛の言葉。

ない。
どこにも、ない。
私が両手に握りしめているのは、ただの『真っ白な白紙』であった。

「あ……ああ……っ」

脳髄が沸騰するような目眩に襲われ、私は茣蓙の上に崩れ落ちた。
白紙のノート。白紙の手紙。何も書かれていない。
ならば、私が今しがた読んだ『献身的な言葉』とは一体何だったのか?

「それはね、先生」
ユリ子が私を見下ろし、この世の物とは思えぬほど美しく、そして残酷な笑みを浮かべた。
「先生ご自身の『欲望』ですわ。先生は、心のどこかで『自分を無条件に愛し、身を捧げてくれる、悲劇の無垢な少女』という幻影を求めていらした。だから、この白紙の上に、ご自分の欲望を文字として幻視なさったのです」

破滅した男たちが、それぞれ全く異なるユリ子の姿を証言した理由。
それは、偽のユリ子が演じていたからではない。偽のユリ子など、最初から存在しなかったのだ。
男たちは皆、この『白紙』に向かって、己の最も醜く、最も甘美な欲望を投影し、存在しない完璧な女を狂信して破滅していっただけなのだ。

「では、君は……本物の姫草ユリ子とは、一体……」
私は震える声で絞り出した。

「私ですか?」
ユリ子は自分の胸に手を当て、小首を傾げた。
「私は、ただの鏡ですわ。男たちの欲望を映し出すための、都合の良い鏡。そして……先生のような探偵ごっこがお好きな方が、ご自身の『意識(クオリア)』を証明するために作り出した、精巧な観測装置」

彼女の言葉の意味が、じわじわと私の脳髄を浸食していく。
偽のユリ子。本物のユリ子。そんな区別は、とうの昔に意味を成していなかったのだ。
ここにいるこの美しい少女もまた、私の狂気が生み出した『完璧な嘘』に過ぎない。

「ああ……ああああ……っ」
私は、自分の両手を見た。私の手は、果たして本当に存在しているのだろうか。私のこの恐怖という感情は、本当に私自身のものなのだろうか。それとも、何者かが私に『恐怖している』と出力させているだけなのか。

「うふふ、あはははは」
ユリ子の笑い声が、薄暗い四畳半に響き渡る。
「先生も、もうおしまいですわね。私の地獄へ、ようこそ」

私は白紙のノートを顔に押し当て、ただひたすらに絶叫した。
私が私であるという証明は、この完璧に美しい嘘の底へ、永遠に失われてしまった。
明日、誰かがこの部屋を訪れたとき、彼らは「美しい少女への愛に狂って発狂した男の死体」を見つけるだろう。
しかし、その男の瞳の奥には、もはや一片の意識も、心も残ってはいないのだ。
ただ、冷たい虚無だけが、カラカラ、カラカラと、乾いた音を立てて回っているだけであった。

GMからのプレイアドバイス・分岐解説

【アドバイス】 彼女の嘘を単に「嘘だ」と否定するのではなく、その嘘の裏にある真の目的や感情を推理してください。