#今日のメリーさん #帰宅
シナリオ情報
- 推奨プレイ時間: 15分
- 難易度: 中級者向け(ホラー・ギャグ)
- テーマ: 都市伝説、現代ホラー
あらすじと登場人物
「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」でおなじみの都市伝説。しかし、今回のメリーさんはSNSを駆使し、GPSで位置情報を共有してくる現代っ子だった。
主な登場人物(NPC)
- メリーさん: 電話をかけてくる怪異だが、現代文明に毒されている。
このシナリオの特徴と見どころ
王道のホラーをギャグで返すか、真面目に怯えるかでAIの反応が変わります。メリーさんと仲良くなることも可能かもしれません。
プロローグ / リプレイ
ブウウウウウウン……ブウウウウウウン……。
いや、違う。それは私の懐で蠢く、黒い長方形の匣の震える音で御座いました。
時計の針は、とうに丑三つ時を指しております。六日間に及ぶ不眠不休の労働という名の緩慢なる責め苦を終え、泥のように重い足を引きずって、ようやく己の豚小屋のごとき下宿へと辿り着いた、まさにその瞬間のことで御座います。
脳髄は腐りかけの豆腐のように白く濁り、眼球はただ虚ろに焦点を失っておりました。
そのような私の耳に、匣から漏れ出たのは、ひどく甘ったるく、神経を逆撫でするような嬌声でありました。
『……もしもし。私、メリーさん。今、貴方の家の前にいるの♡』
おお、メリーさん。
それは近代の都市伝説が産み落とした、血塗られた西洋人形の怪異。一段階ずつ距離を詰め、最後に背後から命を刈り取るという、あの恐怖の代名詞で御座います。
しかし、どうしたことでしょう。彼女は一切の過程をすっ飛ばし、いきなり私の玄関先に立っていると申すのです。近代の狂気に侵された怪異もまた、時を惜しむ『タイパ』なる不治の病に罹患してしまったのでしょうか。
恐怖? いいえ。私の干からびた精神には、もはやそのような上等な感情は一滴も残ってはおりませんでした。ただひたすらに、眠りたい。「勘弁してくれ」……その絶望的な徒労感だけを抱え、私は鉛のように重い手で、玄関の鉄扉を押し開きました。
ギィィィ、という蝶番の悲鳴と共に現れたのは、私の想像を絶する異形の姿で御座いました。
血に塗れた西洋人形などではありません。漆黒のフリルと薄気味悪い純白のレースに身を包んだ、いわゆる『地雷系量産型』なる奇怪な装束を纏った少女でした。青白い顔に血のような紅を差し、首には黒い革の首輪。そして片手には、キラキラと毒々しい光を放つ通信機を握りしめております。
彼女は、扉を開けた私の顔――おそらくは死後硬直が始まった死体よりも酷い、ドス黒い顔――を見ると、ハッと息を呑んで目を丸くいたしました。
「あ、ゴメン! え、ちょ、マジで疲れてる顔じゃん! やば、空気読めてなさすぎワロタ」
少女の口から飛び出したのは、呪詛でも怨嗟でもなく、信じ難いほど流暢で軽薄な、現代の俗語の羅列で御座いました。
「えっと、私今から泊まるとかないない! 終電……はもうないけど、タクシーで帰るし! つーか、こんな時間にマジ迷惑かけてゴメンね!」
何ということでしょう。
この怪異は、恐るべき『コミュ力(コミュニケーション能力)』を身につけた、気遣いの化け物であったのです。己が人を呪う怪異であることを棚に上げ、労働に疲弊した現代人に同情を示し、空気を読み、自己の振る舞いを最適化して見せる。それは、大衆の視線と『いいね』という名の承認を喰らって生きる、インフルエンサーなる魔物の生態そのもので御座いました。
本来ならば、ここで私が「わざわざ来てくれてありがとう、気をつけて帰ってね」などと、彼女の気遣いに応えるような甘言を弄すれば、この狂気の宴は円満に幕を閉じたのでしょう。ええ、それが現代社会における、最も賢く平和的な生存戦略というもので御座います。
しかし、嗚呼。
私の脳髄は、すでに限界を超えて破綻しておりました。他者の顔色を窺い、空気を読み、作り笑いを浮かべて言葉を紡ぐ。そのような高度な精神活動を行うための油は、とうの昔に枯渇していたのです。
目の前で甲高い声を上げ、不自然なまでに「気遣ってますよ」という同調圧力を押し付けてくるこのフリフリの怪異が、私には、たまらなく、たまらなく鬱陶しく感じられたので御座います。
「……用がないなら、帰れ」
私の口から漏れたのは、墓底から響くような、一切の感情を削ぎ落とした氷の音声でした。
「え?」
少女の動きが、ピタリと止まりました。
「お前のその薄っぺらい茶番に付き合っている暇は、今の私にはない。自分が空気を読める人間だと誇示したいなら、最初からこんな深夜に押し掛けてくるな。ただの迷惑だ、帰れ!」
言ってはならない真実を、私は論理の刃として容赦なく突き立ててしまいました。
その瞬間、玄関の空気が、まるで液体窒素をぶち撒けられたかのように凍りついたのを覚えています。
少女の顔から、あの軽薄な愛想笑いが、まるでデリート鍵を押されたかのように一瞬で消え失せました。残されたのは、ガラス玉のように無機質で、底知れぬ漆黒の悪意を湛えた瞳だけ。
「……は?」
彼女の赤い唇から漏れたのは、地を這うような怨嗟の響きで御座いました。
「せっかく来てやったのに、その反応? マジ萎えるわァ……」
スッ、と。
彼女は手にしていた通信機を、私の顔に向けました。
ピカァァァァァァァッ!!
強烈な閃光(フラッシュ)が私の網膜を灼き貫き、私は思わず両手で顔を覆いました。
「#塩対応 #クズ #晒し」
無感情な呪詛の呟きが聞こえたかと思うと、次に目を開けた時には、もうそこには誰もおりませんでした。ただ、冷たい夜風が私の頬を撫でていくばかり。
私は、ただの悪夢を見たのだと自分に言い聞かせ、泥のように眠りに就きました。
しかし、本当の地獄は、翌朝に始まったので御座います。
目覚めると同時に、私の通信機が狂ったように鳴動を続けておりました。
画面を開くと、そこには私の顔写真――昨晩、あの閃光と共に撮られた、死相の浮かんだ不機嫌極まりない私の顔――が、電脳の海を埋め尽くしていたのです。
『深夜に女の子を泣かせて帰らせたクズ』
『こいつマジで終わってる。社会のゴミ』
『特定しました。〇〇会社の〇〇です』
私という存在は、一夜にして、数百万の見知らぬ眼球から監視され、裁かれる「絶対悪」へと書き換えられておりました。怪異による『炎上』。それは物理法則を超え、私の社会的な存在意義を完全に抹殺する、最も現代的で残酷な呪いで御座いました。
それからというもの、私は会社を追われ、友人からは絶縁され、一歩も外へ出られぬまま、この薄暗い四畳半で膝を抱えております。
外からは、昼夜を問わず私を罵る幻聴が聞こえて参ります。私の身体は、日に日に透明になり始め、指先などは既に空気に溶け込んでしまっております。社会との接続を絶たれた人間は、観測者を失い、やがて物理的にも存在を維持できなくなり、消滅していく運命にあるのです。
ポコ、ポコ、ポコ……。
私の脳髄の奥で、夥しい数の通知音が、狂気のお囃子のように鳴り響き続けております。
嗚呼、私は、ただ一人きりの冷たい部屋で、ゆっくりと、ゆっくりと、誰の記憶からも消え去っていくので御座います。
あのフリフリの怪異が残した、「空気読めてなさすぎワロタ」という、軽薄で残酷な呪いの言葉だけを、永遠に、永遠に噛み締めながら……。
GMからのプレイアドバイス・分岐解説
【アドバイス】 「後ろにいるの」と言われたら「じゃあ肩揉んで」と返すような、怪異を恐れない図太いロールプレイが意外なルートを開きます。